人間は最後には神に祈るしかない なぜ神を語るのか

こんにちは。人生導師のやっちです。
私はやっち教会という完全オリジナルの宗教を立ち上げましたが、なぜ私が神を語るかと言えば、人間は最後には神に祈るしかない存在であると思うからです。
人間はとことん悩んで迷って苦しんだとき、神にすがります。
神は仏と言ってもいい。人間世界を超越した大いなる存在のことです。
人間は最後の最後に、神に祈るのです。神にすがるのです。
どんなに神仏を信じていない人でも、究極に追い詰められた最後の最後には神にすがるものです。
そんな人間の真実を想ったときに、私は宗教を語ろうと思いました。

言うまでもなく、現代日本社会では宗教(特に新宗教)は忌まれている存在でもあります。
そんなタブーに近い現代日本社会でなぜ新しく宗教を語るかと言えば、既存の宗教とは一線を画して、現代日本人に合った新しい宗教を提唱したいと思ったからです。
人間は最後の最後には神に祈るしかない弱い存在である。
けれども、神を信じる人間は強い存在でもあります。
神を信じて、神にすがって、生きていけるとするならば、そんな神を語りたいと思ったのです。
人間はとにかく生きたい存在です。死にたい、自殺したいと言っても、やっぱり心の中では生きたいと強く願う存在でもあります。
神にすがって生きていく。
それで誰かが生きていけるとするならば、私は神を語ろうと思いました。

私は神は存在すると信じます。
これは直感の世界です。私は直感でそう思うから、そう語っています。
神はいる。
神はつねに私たちの隣に座る。
敗者弱者の隣に座る。
そして私たちをつねに理解している。
それが私の神という存在への理解です。

神にすがって生きる。神に祈って生きる。
それで生きられるならば、大いに良いことで、神を信じることは何も悪くないと思うのです。
私は勇気を出して、神を語りたいと思います。
一緒に神を信じ、
そして、一緒に人生を生きていきましょう。

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