戦国武将のサクセスはそこまで素晴らしいものなのか? 戦国時代の戦いもまた『戦争』である

みなさんこんにちは。人生導師やっちです。
お元気されていますでしょうか。

織田信長や豊臣秀吉が活躍した戦国時代の戦いと、第二次世界大戦や現代の戦いとでは、明らかにその描かれ方語られ方は異なるものですが、
どちらも同じ戦争であることに変わりはありません。

戦国時代の戦いというのは、美しく、すばらしいことのように描かれるのが通例ではないでしょうか。
戦国大名の野望や成功というのは、サクセスストーリーとして、肯定的に、美しく、すばらしく描かれるのが一般的ですが、本質は単なる戦争であることはまぎれもない事実です。
戦国時代の戦いもまた、略奪や暴行があり、一般庶民にとっては有難迷惑な存在であったことは変わらなかったでしょう。
親しい人が戦争にとられ、兵士として赴いて帰ってこない。
またはどこからか攻め込まれて、略奪され暴行され虐殺される。
そんな一般庶民の苦しみ悲しみは、当時もまた同じだったはずなのです。

ところが、戦国時代の戦いというのは、あくまで戦国大名の視点で描かれるのが通例であり、そういった庶民の苦しみ悲しみには目が向けられないのが一般的です。
それは、人間存在の本質を考える上で、非常に重要なものを見落としているように思われます。
もちろん、物語的にはそう描くのがおもしろく、一般受けするとは思いますが、明らかに戦争の本質を描いてはおらず、それをもって戦争や人間物語を理解したように感じるのは危ないと思うのです。

例えば同じテレビ局の番組でも、一方では戦国武将の戦争を美しくさわやかなサクセスストーリーとして描いておいて、その次の瞬間には、第二次世界大戦や現代の戦争を残酷な哀しいものとして描いて放送しているのは、あきらかに矛盾でありご都合主義であるわけですが、
私たちはそれに気が付いていないのが現実でしょう。

戦国時代も第二次世界大戦も、同じ『戦争』です。
そして戦争は、一般庶民を苦しめるものです。
一部の指導者の野望やサクセスのために、たくさんの庶民が泣いてきたことは、古今東西変わりはありません。
そのことについて考えながら、戦国時代の物語を鑑賞すると、また違った角度から物語が見えてくるのではないでしょうか。

終戦記念日が近づいてきました。
終戦記念日に向けて戦争について引き続き語っていきます。

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