やさしさは余裕から生まれる 無駄が余裕を作り、やさしさを生む

私たちは誰でもやさしい人が好きだと思うのですが、では、私たちはどうやったらやさしくなれるのでしょうか。
やさしくなることは誰でもできます。
やさしさは余裕から生まれるからです。
余裕を持つことができれば、どんな人でもやさしくなることができるでしょう。
逆にいえば、余裕がない人はやさしくはなれません。

余裕があるとは暇であるということですが、
誰だって暇でぼーっとしているよりだったら、誰かの役に立っていた方がうれしいと思うでしょう。
誰だって「助けて」とか「力を貸して」と頼られたら、うれしいと思うのです。
暇なときは特に。
反対に、忙しいときに頼られたら、誰だってうざいと感じると思うのです。
そんなこと自分でなんとかしてよ、と誰だって思うし言うと思うのです。
余裕がないときに他人にかまっていることはできないし、他人に頼られたら迷惑千万なのはやむをえないことです。

そう考えたときに、現代日本社会とは本当に余裕がない社会だと思います。
現代日本社会とはやさしくない社会です。
それは私たちがまったく余裕がないからです。
現代日本社会は効率主義で、とかく人件費の削減とか人員削減とか、無駄を省き、効率化を推し進めてきました。
結果としてまったく余裕がない社会となってしまい、
人はいつも何かに追われて、やさしくなる余地がなくなってしまいました。
そんな中で、例えば自殺の問題とか、不登校やひきこもりやいじめといった問題が現れてきたように思います。

私たちは余裕を持つべきであり、それは無駄を認めるということでもあります。
余裕は見方を変えれば無駄でもあるかもしれません。しかし、ある程度の無駄は見方を変えれば余裕でもあるのです。
そんな余裕が私たちをやさしくさせ、私たちを豊かなものにするのです。

行き過ぎた効率主義と管理主義は、余裕を失わせました。
そして、私たちはまったくやさしくなれなくなりました。
日本人は「迷惑をかける」ということにものすごく敏感であり、神経質です。
それは余裕のなさの結果でもあります。
お互いに余裕がないからこそ、迷惑をかけたりかけられたりということに神経質になるのです。
そして、迷惑をかけるということに神経質になった結果として、私たちはますます孤独になっていったようにも感じられます。

余裕は作りだすものでもありますが、
余裕を作りだして、人にやさしくありたいものですね。
また、社会全体で余裕を作りだして、
お互いにやさしくなれる社会にしていきたいものですね。

一緒に努力していきましょう。
そして一緒にやさしい余裕を作っていきましょう。