望まない苦しみから望む苦しみへ 一生懸命に生きるとはどういうことか?

日本人は我慢することを美徳として生きてきました。
最近ではあまり言われなくなったかもしれませんが、
それでも日本人は我慢が好きです。
果たして、我慢することは本当に美徳なのでしょうか?

私はよく「人生を一生懸命に生きよう」と語りますが、
それは望まない苦しみをただ我慢して一生懸命に生きよと言っているのではありません。
自分のやりたいことや自分の好きなこと、自分の望むことで一生懸命に生きようと言っているのです。
望まないことで苦しむのではなく、望むことで苦しもうということなのです。

我慢は美徳です。
しかしそれは、望むことで我慢したときに意味を持ちます。
望まないことで我慢しても、それは拷問というものです。
人間が死にたくなるのは、望まないことで我慢しているからでもあります。
望まない人生をただただ我慢して生きよと言われたら、誰だって生きたくなくなるでしょう。

そうではなくて、自分の望む道を生きて、その道で我慢して生きていこうということなのです。
そのとき、我慢は光り輝き、努力は血が通い、充実したものになるでしょう。

一生懸命に人生を生きる。
それは、自分が望む道で一生懸命に生きるということです。
現代日本社会は不透明で不安定な社会になりました。
これからの見通しは誰も分かりません。
このようなとき、特に自分の望む道を一生懸命に生きるということが重要になります。
自分の望む道をひたすらに生きる。
それは自分に一本の軸を与えます。
その軸がある限り、私たちはどんな事態に遭遇しても、ぶれずに生きていくことができるでしょう。
どんな時代がやってきても、私たちは動じることなく、自分の人生を歩んでいくことができるでしょう。
自分の好きなことやりたいこと、望むことに打ち込むことは、これからの時代、ますます大事になるものと思います。

毎日を一生懸命に生きる。
自分のやりたいことにひたすらに没頭する。
その先に、幸せは見えてくるでしょう。