『確かに彼ら彼女らは実在した、そして人間だった』 やっち思想の重要な前提

私が語る思想について、重要な前提があるので、それについて語りたいと思います。
その前提とは、一言で言えば、
『歴史上の人物は確かに実在した、そして人間だった』
ということです。

自分自身の思いを語る上で、私は歴史上の人物を例に挙げて語ることがあるかと思いますが、
その歴史上の人物がそもそも存在しなかったと言ってしまうと、
話の前提がゆらぐこととなってしまいます。
私自身も直接お会いしたわけではなく、見聞した話でしかありませんし、
人間には間違いもありますし、ねつ造することもあるかもしれません。
思い違いや記憶の曖昧さだってあるかもしれません。
特に、昔のこととなれば、伝え聞いたことの伝え聞いたことで、
本当に実在したのかはもはや分からないということはありえると思います。
そんなすべての要素を踏まえた上で、
「その人たちは確かに実在した」
ということを前提としたいと思うのです。
もちろん新しい証拠の発見によって否定される可能性があることを認めますが、
その上で「実在した」ということで共通理解を持った上で、
やっち思想を聞いていただけるとありがたいと考えています。

さらにもう一つ重要な前提として、
「確かに人間だった」
ということがあります。
このことは特に宗教に関する歴史上の人物について言うことができます。
宗教を専門とする人、特にその宗教を信仰している人から見れば、
「人間である」
という理解の上で話をすることについて違和感を覚える人もいるかもしれません。
私はそんなあらゆる価値観や見方を尊重し認めた上で、
あくまで私個人の価値観として、
人間であるその人について語りたいと思うのです。

確かに彼ら彼女らは実在した、そして人間だった。
このことは私自身の思想の重要な前提でもあります。
新しい証拠の提示によって否定される可能性があることを認めた上で、
このことを前提とさせていただき、
『やっち思想』にお付き合いいただけたらと思います。

ぜひ動画をご覧になってください。