74年目にしてやっと語られること 『NHKスペシャルあちこちのすずさん』を観て 祖母と父に聞いた戦争体験

みなさんこんにちは。人生導師やっちです。
お元気されていますでしょうか。

今晩放送された「NHKスペシャルあちこちのすずさん」を今しがた見終わったところです。
そして、私は新しい感動に包まれました。
今回の番組では、若い人の視点で、当時の大東亜戦争(太平洋戦争)を考えるというテーマで番組は進みましたが、今までのNHKスペシャルで語られなかったような新事実が次々と出てきて、私は驚きました。
74年目にしてやっと語られることがあるんだなと思ったのです。
例えば女性たちは戦争中もパーマをしていたというエピソードがありましたが、おそらく戦争中はそんなことを正面からしたら「非国民」とののしられたのでしょうし、戦後もずっと表立って語ることができなかったのかもしれません。
当時の女子学生は戦争に出征した兵士への慰問ということで手紙を書いたそうですが、そんな手紙をきっかけに戦地の兵士との文通が続いたりもして、「写真を送ってください」などと、当時であればきっとえらいことになりそうなことも文章につづられていて、そしてそれは今の私たちも感じるごくごく当たり前の男女の間の気持ちなのです。
でも、そんなことは今まで語られてこなかったように思われます。
74年目にしてやっと語れることがあるんだろうと思いました。
語ろうとして語ることができなかったこともあったでしょうし、そもそも私たちが興味を持たなかったということもあるかもしれません。
74年の時空を超えて出てきた話。
それは今も昔も変わらない私たち人間の心でもあります。

この夏、お盆の季節。
故郷に帰っておじいさんおばあさんと会う機会もあるかと思いますが、ぜひ戦争の体験を聞いてみてはいかがでしょうか。

私は祖父だけでなく、祖母や父にも戦争体験を聞いたことがあります。
祖母は大正14年に山形県のとある山奥の村に生まれました。
そんな祖母に戦争体験を聞いたところ、何もないという言葉が帰ってきました。
戦争で苦労したこととか哀しかったこととか、何もないというのです。
山形県の山奥の農村ですから、空襲を受けたこともなく、食糧に困ったこともなく、村人が出征したとかそういう別れもなく、とにかく戦争で困ったことは何もなかったそうなのです。
戦争中は日本人が等しく苦しんでいたイメージがあったので、その話を聞いて、そんなこともあったのかと私は驚きました。
父に戦争体験を聞いたこともあります。
父は昭和17年生まれで終戦時は3歳のはずですが、やはり何も思い出はないそうで、父が生まれた秋田県の山奥の村でも、やはり戦争の影響はあまりなかった様子でした。そんな話を聞いて、戦争の運命の不思議さを思ったのです。

この夏、ぜひ、家族に戦争体験を聞いてみてはいかがでしょうか。
今までにない貴重な夏になると思います。

お供え物の選び方 死者を弔うのは生きている私たちのため お盆・供養・お墓参り

みなさんこんにちは。人生導師やっちです。
お元気されていますでしょうか。

お盆ですね。
お墓参りをしたり、仏壇に手を合わせる機会が増えると思います。
今回はお供え物の選び方について考えてみます。
そして、死者を弔うとはどういうことなのか、語ります。

お供え物は、亡くなった方が生前好きだったものやよく食べていたものを供える、その一択に尽きます。
死者を弔うとは、すなわち、亡くなったその人のことを思い出すことです。
知っている人が亡くなったのであれば、その人のことを思い出す。
知らない人であれば、亡くなった人のことを想像する。
そんな「思い出す」「想像する」という行為そのものが死者を弔うということであり、供養するということだと考えています。
生前、その人はいったい何を食べていたのか、あるいはどんな花が好きだったのか、いつも何を飲んでいたのか。
そんなことを考えることが、死者を弔い、供養するということのすべてでしょう。

私は亡くなった祖父に、ワンカップの日本酒と乾きもののつまみをお供えします。さきいかやチーズ鱈みたいな、そんな乾きもののおつまみですね。
祖父は、そんな乾きもののおつまみでワンカップの日本酒をよく飲んでいたのを覚えているからです。おそらく、祖父が若い時、職場や旅先で、そんなふうにワンカップを買ってさきいかを買って、飲んでいたのだろうと思うのです。職場の同僚と笑いながら、さきいかを分け合っているような若き日の祖父が目に浮かびます。
お供え物としてはきわめて粗末といいますか、かっこよくはないものだと思いますが、死者を弔うということの本質はそのようなことだと私は信じています。

では、なぜ私たちは死者を弔うのでしょうか。
お供え物をするのでしょうか。
思えば、亡くなった人はもうこの世にいません。お供え物をしたとしても、花を見ることはできず、好物だったとしても食べることも飲むこともできません。
もちろん、死者を弔うとは、故人のためにすることです。
あの世に旅立ち、神仏の元で生きている故人を思い出し、故人の生前の努力を讃え、苦労を慰める。まぎれもなく弔いとは故人のためのものであることは言うまでもありません。
その一方で、弔いとは、今生きている私たちのためのものでもあります。
亡くなった人のことを思ったとき、私たちは謙虚になることができます。
あの人は私たちをこんな風に愛してくれた、こんなふうに努力してくれた。
そんな故人の努力と愛を想像したとき、私たちは素直になることができます。
そして、そんな故人のしてくれたことを胸に、あらためて自分も一生懸命に生きていこうと思うことができます。
死者を弔うとは、自分のためにすることなのです。
今を生きる私たちのためにすることなのです。

お供え物について、ネットなどで調べると、こういうものがいいとか、こういうものはNGであるとか、いろいろな情報が氾濫します。仏教などの教えに従ったいろいろな理屈が氾濫しています。
しかし、もっとも重要なのは「心」です。
心なくして、どんなに風習やマナーや礼儀を学んで実行したとしても、それは弔ったことにはなりません。全く何の意味もないのです。
故人を思い出すこともなければ自分自身が何かを思うこともない。
そんな弔いは弔いではありません。ただの付き合いであり処世術であり、そんな人生では私たちは窒息して苦しむばかりでしょう。

今私が述べたことは、すべての宗教に通じることだと思います。
どんな宗教でも、死者を弔うとはそのようなことだと考えます。
お供え物を選ぶ基準は故人の好物であり、故人を思い出すことそのものに意義がある。そこから考えれば、マナーも礼儀も意味を持ち出すでしょう。

お盆です。
日本各地でお盆の時期は異なりますが、8月13日~16日がお盆の時期であるという地域が多いものと思います。
ぜひ故郷に帰ってお墓参りをしたり、実家に帰って仏壇に手を合わせてみてはいかがでしょうか。
お墓参りというと面倒くさいとかおっくうと思う人もいるかもしれません。
今語ったように、お墓参りとは自分のためにすることであり、人生を見つめ直し、改めて一生懸命に生きようと思う場でもあります。
気持ちがすがやかに、新しい気持ちになる。
それがお墓参りであり、仏壇に手を合わせるということだと思います。

みんなで集まって絆を再確認する。
自分がみんなの輪の中にいる。自分も所属する人間のひとりである。
そう思ったとき、私たちはホッとすることができます。
そんな安心感の中で、私たちは一生懸命に生きようとすることができます。

帰省やお墓参りを迷っているとするならば、
ぜひ行ってみてはどうでしょうか。
お供え物に添えて、故人の思い出話をしてみてください。
そんな心に、お供え物の意義があります。

戦争をなくすのではなく戦争を減らすと考える 8月6日広島原爆の日に戦争と核兵器廃絶を考える

みなさんこんにちは。人生導師やっちです。
8月6日は広島原爆の日です。
74年前の8月6日、広島に原子爆弾が投下されました。
人類最初の核攻撃の日です。

私は戦争をなくすことはできなくても、戦争を減らすことはできると考えています。
戦争を起きにくくし、仮に起きてしまったとしてもその戦争の被害を小さくすることは可能だと考えています。
徐々に徐々に戦争を減らしていって、起きにくくして被害を小さくしていって、最後にはゼロに近づいていけばいいのではないかと私は考えてきました。
戦争は一気にゼロにしようとしてもできないのが現実で、そこに無理があるのだと私はいつも考えています。

核兵器(原子爆弾)の使用は、いうまでもなく『虐殺』です。
一般市民がたいへんな火傷を負い、苦しみもがいて死んでいく。
それを虐殺と言わずして何を虐殺と言うでしょうか。
核兵器の使用は虐殺でありジェノサイドです。
敗戦国日本はなかなかそうは言いづらい空気があるのが現実ですが、
核兵器の実態とは、単なる虐殺でしかありません。
そんな核兵器の使用は禁止されて、核兵器は廃絶されて当然です。

けれども、そうはいっても、私たち日本は、日米安保条約を通して、アメリカの核の傘に守られているのも現実です。
日本自体は核を保有してはいませんが、アメリカの核を通して守ってもらっている時点で、事実上の核保有国と言っても過言ではないように思います。
ここにジレンマが生じます。
核廃絶と核保有のジレンマです。
ここに終わりのない葛藤が生じているのが、今の偽らざる人類の姿でしょう。

結論を言えば、今の今、2019年8月6日の時点では、日本は核の傘に守られるのもやむをえないと言わざるをえないのかもしれません。
けれども、そのやむをえなさはどこかで超えなければならないものです。
私たちは道のりの遠さに絶望することなく、核兵器の廃絶を目指して努力していく必要があります。

道のりの遠さに絶望しない勇気が必要です。
やむをえなさを超える。
そのためには、勇気が必要なのです。
核廃絶は私たちが生きている間は難しいかもしれません。
100年後、200年後、あるいは千年後なのかもしれません。
そんな遠い道のりであっても、絶望せず、私たちは努力し続ける必要があるように思います。そんな努力の果てに、後世の人類は、核兵器を廃絶し、戦争が起こりにくい世界を作っているかもしれません。それを信じて、私たちは終わりのない努力を、それはつらいものですが、払っていく必要があるのです。

私自身も、そんな道のりの遠さに絶望せず、核廃絶を支持して、歩んでいきたいと思います。

表現の自由のない世界は幸せもない世界 京都アニメーション放火事件を語る

京都アニメーション放火事件で亡くなられた35人の方々のご冥福をお祈りすると同時に、
今なおけがで苦しまれているたくさんの方々のご回復をお祈りします。

こんにちは。人生導師やっちです。
今回は京都アニメーション放火事件について語ります。

京都アニメーション放火事件の犯人が、どのような理由動機でこのような事件を起こしたのかは分かりませんが、
私はこの事件を聞いて『表現の危機』を感じました。
表現の自由に対する重大な暴力圧力であり、表現の自由の危機であると感じたのです。

言うまでもなく、表現の自由はとても大事なものです。
民主主義は言論の自由と表現の自由に立脚するものです。
それなくして民主主義は成り立ちません。
表現の自由の問題はただそれだけではありません。
そんな政治的な意味よりもはるか以前の問題として、
私たちの幸せは表現の自由の上に成り立っているのが現実です。
幸せとは自己実現ですが、
自己実現とは自己表現であるわけです。
自らを自由に表現する。
そんな自己表現の先に、自己実現があり、その自己実現の先に幸せがあります。
表現の自由がない世界というのは、幸せもない世界なのです。

表現とは、人の心にさざ波を立たせるものです。
人の心に大なり小なりな影響を与えるものが表現というものです。
そんなさざ波を受けて、反発が起こるのも人間心理の常であり、
それは人間として当たり前な反応でもあります。
しかし、だからといって暴力的に表現を圧殺するのが正しいわけはありません。
お互いに表現を認め合ってこそ、
豊かな価値観が作られ、
そんな豊かな価値観に満ちた社会は、困難に打たれ強く、私たちが幸せを感じられる社会になるのだと思うのです。

日本は民主主義国家であり、日本国憲法でも表現の自由は認められているところですが、日本では国家権力よりも社会や世間、他人の目といったものが権力を持ちがちな社会でもあります。
そんな世間の目を怖れて、人は「自粛」という形で表現を取り下げたりします。
そのような形で、事実上の弾圧が行われ、表現の自由は奪われがちであるのも現実と言えるでしょう。
しかし、表現こそが幸福の根幹でもあるのです。
表現の自由をお互いに尊重できる人間社会は、きっと豊かで幸せになるでしょう。

京都アニメーション放火事件をきっかけに、日本の表現の自由が後退し、誰もが表現に対して委縮するような社会になってほしくないと願っています。
アニメはもとより、小説、漫画、映画、演劇、ドラマなどにおいて、自由な表現が盛り上がっていってほしいと願います。
そんな豊かな表現活動が、豊かな日本社会を作ることは間違いありません。
表現の自由を守っていく。
私もまた、微力ながら、貢献していけたらと願っています。

戦国武将のサクセスはそこまで素晴らしいものなのか? 戦国時代の戦いもまた『戦争』である

みなさんこんにちは。人生導師やっちです。
お元気されていますでしょうか。

織田信長や豊臣秀吉が活躍した戦国時代の戦いと、第二次世界大戦や現代の戦いとでは、明らかにその描かれ方語られ方は異なるものですが、
どちらも同じ戦争であることに変わりはありません。

戦国時代の戦いというのは、美しく、すばらしいことのように描かれるのが通例ではないでしょうか。
戦国大名の野望や成功というのは、サクセスストーリーとして、肯定的に、美しく、すばらしく描かれるのが一般的ですが、本質は単なる戦争であることはまぎれもない事実です。
戦国時代の戦いもまた、略奪や暴行があり、一般庶民にとっては有難迷惑な存在であったことは変わらなかったでしょう。
親しい人が戦争にとられ、兵士として赴いて帰ってこない。
またはどこからか攻め込まれて、略奪され暴行され虐殺される。
そんな一般庶民の苦しみ悲しみは、当時もまた同じだったはずなのです。

ところが、戦国時代の戦いというのは、あくまで戦国大名の視点で描かれるのが通例であり、そういった庶民の苦しみ悲しみには目が向けられないのが一般的です。
それは、人間存在の本質を考える上で、非常に重要なものを見落としているように思われます。
もちろん、物語的にはそう描くのがおもしろく、一般受けするとは思いますが、明らかに戦争の本質を描いてはおらず、それをもって戦争や人間物語を理解したように感じるのは危ないと思うのです。

例えば同じテレビ局の番組でも、一方では戦国武将の戦争を美しくさわやかなサクセスストーリーとして描いておいて、その次の瞬間には、第二次世界大戦や現代の戦争を残酷な哀しいものとして描いて放送しているのは、あきらかに矛盾でありご都合主義であるわけですが、
私たちはそれに気が付いていないのが現実でしょう。

戦国時代も第二次世界大戦も、同じ『戦争』です。
そして戦争は、一般庶民を苦しめるものです。
一部の指導者の野望やサクセスのために、たくさんの庶民が泣いてきたことは、古今東西変わりはありません。
そのことについて考えながら、戦国時代の物語を鑑賞すると、また違った角度から物語が見えてくるのではないでしょうか。

終戦記念日が近づいてきました。
終戦記念日に向けて戦争について引き続き語っていきます。