生涯、寿命尽きるまで人生導師として生き続ける宣言 第二次世界大戦開戦日と夏休み明けによせて

今日9月1日は第二次世界大戦が始まった日であり、同時に、夏休み明けであり子どもたちの自殺がもっとも多い日でもあります。
1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次世界大戦は始まりました。
今日で開戦から80周年を迎えます。
80年前の今日、あの戦争が始まったのです。
そして、9月1日問題と言われているように、9月1日は一般的には夏休み明けであり、子どもたちの自殺が一年でもっとも多くなる日でもあります。
子どもたちにとって、現代日本社会とは第二次世界大戦のようなものかもしれません。
そして、現代日本社会のさまざまな問題点や矛盾点が子どもたちに覆いかぶさり、それらがすべて凝縮して、9月1日に現れるのだと思うのです。
9月1日問題は、単純に学校に行かなければいいという問題ではないように感じます。
学校に行きたくないなら学校にいかなければいいじゃないか、という単純な問題ではもはやないように思われます。
すべての現代日本社会の問題点が凝縮してもっとも弱いところで暴発した結果が、9月1日であるように思うのです。

そんな9月1日という日に、私は、自らの決意を語りたいと思います。
私は、生涯にわたって、その寿命尽きるまで、人生導師として生きる決意を宣言します。
人生導師として、「魂の戦友」代表として、生涯、命尽きるまで、生き続けます。
人生にはさまざまな苦しみと困難が待ち受けます。
それでも、私は、人生を途中であきらめることなく、寿命尽きるまで、生き続けます。
そして、人生導師という仕事についても、魂の戦友代表という仕事についても、さまざまな困難と苦しみが待ち受けていることでしょう。
それでも、私は自ら決意したその仕事を途中で放棄することなく、寿命尽きるまでその仕事をやり続けます。
そして、苦しんでいる人々の味方であり続けたいと思うのです。

80年前の今日、第二次世界大戦は始まりました。
日本もその戦争に加わり、大変な戦争の惨禍が巻き起こりました。
アウシュビッツに代表されるようなドイツ強制収容所、そして原子爆弾投下という人類初の核兵器の使用、特攻・・・・・・
そんな不幸は、もう二度と起こしてはなりません。
そうならないように、私たちは人生の価値観を高く持ち続ける必要があります。
そして、現代日本社会は、子どもたちにとって、もはや第二次世界大戦のようなものであるのかもしれません。
その惨禍に生きて、最後の救済手段が9月1日の自殺というのでは、私たちの人生はあまりにも哀しすぎます。
現代日本社会の価値観をもっともっと高めていく必要があると私は思うのです。

それは大変に困難を伴う目標であることは理解しています。
それでも、私は生涯をかけて、その目標にチャレンジしていきたいと思います。

戦争は終わる。そして、私たちは生き続ける。

夢を持つ勇気 今の私たちには「夢を持つ勇気」が求められている

昨晩、宮崎駿監督作品『天空の城ラピュタ』がテレビで放送されました。
天空の城ラピュタを再び見て思ったことは「夢を持つ勇気」です。
そのことについて語りたいと思います。

天空の城ラピュタが公開されたのは1986年です。
当時私は小学生で、8歳でした。
当時もテレビでラピュタを見て大変に感動しましたし、昨日もラピュタを見て大変に感動しました。
今から33年前、1986年当時というのは、夢を持つことは当たり前で、勇気が必要なことではありませんでした。
日本は当時はバブル経済というような時代だったでしょうか。
日本も世界もこれからもまだまだ伸びると思われていました。
これからもどんどん発展し、未来はバラ色であると思われていました。
一方で、本当にそうなの? このまま発展を続ければ私たちは幸せになれるの? という思いが人々にはあったのも事実で、そんな時代背景の中で、ラピュタは生まれたのだと思います。物語の中では、ラピュタは高度な科学文明を持ちながらも滅んでいるわけですが、それは当時の人々の怖れでもあったと思います。

それから33年。
今の日本では、夢を持つことは難しくなりました
夢を持つことが否定されるような、夢は捨てろと言われるような、そんな時代になったように思います。
現代日本社会はすっかり行き詰ってしまって、未来に光を見出すことは難しくなりました。
年金問題、超高齢化超少子化、孤独死無縁社会、そんな単語の中で、未来は真っ暗と誰もがおもうような時代になりました。
そんな中で、私たちは残された資源を必死に奪い合って、やっとつかまえた小さな果実を必死になって守って生きるしかないような、そんな時代になったように思います。
まったく未来に光を見出すことができず、希望が見えない社会。
そんな社会で少なくない子どもたちが絶望して自死に追い込まれたりしているのが現実ではないかと思うのです。

今の私たちに必要なのは、夢を持つ勇気だと思うのです。
夢を持つことに、現代日本社会では勇気が必要になりました。
それはまったくもって事実だと思います。

夢はあきらめなくていい。
人生はあきらめなくていい。

今の私たちは現代日本社会に絶望し、自分自身を滅ぼそうとしています。
自死までいかなくても、必死に自分を押し殺して、仮面をかぶって、そして自分ではない自分を装って生きているように思います。すっかり夢は捨て去られて、自己は否定されて、そして人々は苦しんでいます。
私はそんな現代日本社会の価値観こそ壊したいと思うのです。
人生は苦しむのが当たり前。
ただどうにもならない現代日本社会で、自己を抑圧して、ただ苦しんで生きるしかない。
それでいいのかと私は思うのです。

今の日本で、再び「天空の城ラピュタ」のような物語を作ることは難しいと思います。
誰もが夢を持つことができなくなった社会で、
「ラピュタを探しに行こう。ラピュタには財宝が眠っている。そんな財宝を探しに行こう」
そんなテーマは、とても馬鹿らしくて、見るに堪えないものになってしまったのではないかと思います。
しかし、私は、それでも夢を見たいと思うのです。
ラピュタを探しに行きたいと思うのです。
それは結果として良いものではないかもしれません。
バルスと唱えて破壊するしかないものかもしれません。
しかし、見つけることに意義があるのです。
努力することに意義があるのです。
その努力の過程で、私たちは成長します。
結果は崩壊だったとしても、私たちは確実に成長します。
その成長で、私たちは幸せを実感することになるでしょう。

パズーとシータはグライダーに乗って飛んでいき、それ以後のことは何も語られていません。
二人はパズーあるいはシータの家に戻って、幸せに生きていったんだろうと思います。
冒険したことが二人を成長させた。
そんな成長があればこそ、二人は力強く生きていけるでしょう。
もともと力強い二人ではありますが、
今回の冒険がさらに二人を成長させて、力強い大人にさせたと私は信じています。

ふと死にたくなったあなたへ 一緒に生きて幸せになっていきましょう

ふと死にたくなったあなたへ。

昨日、とある友人から
「ふと死にたくなった」
という言葉を聞くことがありました。

おりしも夏休み明けが全国で起こっていて、
多くの子どもたちがふと死にたくなったりしているのではないかと思います。
当の友人は大人ですが、
大人も子どもも死にたくなるような時期なのかもしれません。
そんなふと死にたくなった人たちへメッセージを発したいと思いまして、今日の記事を書きます。

私は何度も自殺をテーマに語っていますが、
なぜ私が自殺をテーマに語るかと言えば、
弱いものへの大きな感心です。
私は子どもの頃から弱いもの負けたものに対して強い関心を寄せてきました。
強者勝者には興味を持ちませんでした。
私が興味を持つのはつねに弱者敗者だったのです。

例えば私がなぜ第二次世界大戦に興味を持ったかと言えば、
日本が弱くて負けたからです。
もし日本が強くて勝っていれば、第二次世界大戦に興味を持つことはなかったかもしれません。
私は子どもの頃から、弱者敗者に興味を持ってきました。
そして、ああすればこうすればと考えるような少年でした。
それが私の人生の大きなテーマの一つでもあったのです。

現代日本社会には、一度も自殺したいと思ったことのない人もいます。
もしかしたら、そんな人はこの現代日本社会に適応しているのかもしれません。
現代日本社会になじむことができず、弾かれて追い出されて、居場所がなくなって、それで自殺したくなったりふと死にたくなったりしているのかもしれません。
そんな人がこの人生の中で幸せになって満ち満ちて生きていく。
そんな復活劇に私は興味を持つのです。
敗者弱者に「転落」した人間にこそ興味があるのです。
敗者弱者になった人間、もともと敗者弱者だった人間。
そんな人間が復活していく。そして幸せになっていく。
それでも生きる姿にこそ感動があるのです。
そんな感動に引き寄せられて、私は敗者弱者に心を寄せているのかもしれません。
だからこそ、私は自殺というテーマに興味を持ってきたのだと思います。

かといって、私は今まで強者勝者だった人間が弱者敗者に転落していくことを望んではいません。
革命を起こしたいのではないのです。
今まで強者だった人間も弱者だった人間も共に生きていける社会。
勝者も敗者も共に生きていくことができて、共に幸せを感じていけることができる社会を目指しています。

ふと死にたいという気持ちは、軽いものでは決してないと思います。
そんな気持ちは、いつ本当に死にたいという気持ちになってもおかしくないし、
本当に自殺を決行する原動力になってもおかしくないと思うのです。
ぜひ、ふと死にたいと思った人は気を付けてください。
それは軽い気持ちではないです。
ぜひご自愛いただけたらと思います。
そして、私と一緒に生きていきましょう。

ぜひ私を応援していただけたらと思います。
あの世で、とか来世で、とかではなくて、
ぜひ現世で生きて私を応援していただけたらうれしいです。
一緒に生きていきましょう。
そして、一緒にこの現代日本社会を変えていきましょう。
誰もが生きていける社会にすることは可能だと信じています。
誰もが自殺しなくてもよい社会を作ることは可能だと信じています。

それでも生きる姿は美しい。
一緒に生きて幸せになっていきましょう。

自傷行為・自殺未遂をしたあなたへ 一緒に社会を変えていきましょう

ご覧になっていただきありがとうございます。
お元気されていますか?

昨日は秋田県では夏休み明けの日で、小中高校では学校が始まったわけですが、
知り合いの知り合いの方といいますか、
とある方が昨日朝に自傷行為を行い、病院に入院したという知らせを聞きました。
私はその一報を聞き、大変心が痛くなりました。

何度もくりかえし話していますが、
夏休み明けはもっとも子どもたちの自殺が多くなるときです。
これから日本全国あちこちで夏休みが明けていきますが、
今まさに苦しんでいる人たちに向けてメッセージを発したいと思い、
この記事を書きます。

悪いのはあなたではありません。
原因は現代日本社会にあります。

おそらく自傷行為をした人は、自分を責めているのではないかと思います。
自分の力が足りないばかりに、どうして自分はこの世の中でうまくいきていけないんだろう、という感じで、自分を責めているのではないかと思います。
しかし、

悪いのはあなたではありません。
悪いのは現代日本社会の狭い価値観です。

例えば日本の学校にしても、私が子どものときから、40年近く何も変わっていません。
この間、数限りない子どもたちが自殺したり、自らを傷つけて不登校になったりしました。
しかし、今なお何も変わっていません。
例えばどの学校に通うのか本人が自由に選べたり、
例えば自分をいじめた人間を裁判で訴えたり警察に訴えたりできたら、
もっと世の中は変わるかもしれませんが、
現実としてはそのような状況とは言えないのが現実です。

苦しくて当たり前。
私たちはその苦しみに耐えなければならない。
それに異議を唱えてはいけない。
そんな価値観がまかりとおっているように感じますが、
それ自体がおかしい価値観なのです。
現代日本社会の狭い価値観とはまさにそのような価値観なのです。
それでは、多くの人が自殺したくなるのも当然だと思うのです。

私はそんな現代日本社会を変えたいと思います。
現代日本社会の価値観を転換し、
誰でも生きていけるような、
誰でも幸せを感じられるような、
そんな価値観に転換していきたいと思うのです。

そのためには、あなたの力が必要です。

自傷行為をしたり自殺未遂をしたりする方たちは、何か今の日本に問題を感じているのではないかと思うのですが、
そんな問題を感じている人たちがどんどんいなくなってしまえば、
日本を変えることはできなくなります。
人間の世の中は数がものを言います。
日本は民主主義の国ですから、当然数がものを言います。
仮にそうでなかったとしても、数が集まれば、人の世は変わっていきます。

できるだけたくさんの人に生き残ってもらって、ぜひ私を応援していただけたらと思います。

もしあなたがいなくなって、そんなふうに現代日本社会に問題を感じている人がどんどんいなくなったら、私は孤立無援になります。
もちろん私は一人であっても行動を起こしていきます。しかし、いかんせん私一人ではどうにも動かせない局面も出てくるでしょう。
たくさんの人に生き残ってもらって、数の力で、現代日本社会を変える大きなうねりを作っていきたいのです。
そのために、あなたの力をお貸しいただけたらと思うのです。

悪いのはあなたではありません。
原因はこの社会の価値観にあります。

一緒に生きていきましょう。
そして、一緒に生きて幸せを感じられる世の中を作っていきましょう。

ありがとうございます。

夢はあきらめなくていい なぜ子どもたちは自殺するのか 私たちは幸せになれる

今日は秋田県では夏休み最終日です。
明日には夏休みが明けて学校が始まります。
夏休み明けがもっとも子どもの自殺が多いと言われているこの瞬間において、
思うところを語ります。

夢はあきらめなさい、人生はあきらめなさい。
そんなふうに言われているのが現代日本社会の現実でもあります。
人生は苦しいものである。
人生は楽しくないものである。
私たちは嫌な仕事をして耐えて耐えて生きていかなければならない。
仕事とは苦痛なものであり、大人になるとは苦痛なものである。
嫌な仕事をしてお金を得てご飯を食べて、そして生きていく。
夢は叶うはずがない。
努力は実るわけがない。
そんなふうに教わって私たちは生きてきたし、
今の子どもたちもそんなふうに言われて生きているのが現実だと思います。
そんなふうに言われていたのでは、
自殺する人が出るのは当然だと思います。
私はいつも「現代日本社会の狭い価値観」と言いますが、
まさにそのような価値観のことを言っています。
そのような狭い価値観の中で、人は絶望し、自殺しているのが現実だろうと思うのです。

夢はあきらめなくていい。
人生はあきらめなくていい。
そのような生き方はもはや現代日本社会のレールからは外れた生き方かもしれません。
現代日本社会の価値観に沿った生き方とは、
「いい高校いい大学に入って、いい会社に入って一生を終える」
そんな生き方です。
ひたすらに勉強していい高校いい大学に入って、公務員になる、あるいは大企業に入る。
それが現代日本社会で大人たちが子どもに対して求める生き方であり、現代日本社会のレールというものでしょう。
そのレールから一歩も外れることは許されないし、現に一歩でも外れると二度と戻ることはできない。
だから大人たちは恐れます。だから大人たちは子どもたちを管理します。
そのような価値観の中で、閉塞感が生まれます。
その閉塞感が子どもたちが自殺したくなる原因だと私は分析しています。

子どもたちがなりたい職業の上位にユーチューバーが入っていますが、
大人が子どもにさせたい職業の上位とは公務員だったり大企業社員だったりします。
それが現実です。
子どもたちは夢を抱きます。
例えばサッカー選手になりたいとか、声優になりたいとか、歌手になりたいとか。
しかし、そんな夢を抱かれることは大人にとっては恐怖であり悪夢でしかないのが現実でしょう。
ネットでは、もし子どもがユーチューバーになりたいと言い出したらどうしようなんて記事がたくさんありますが、
そんなふうに子どもが夢を抱くことはもはや悪夢としかいいようがない現実があります。

しかし、それがまさに現代日本社会の狭い価値観であり、その狭さゆえに子どもたちは絶望して自殺するのです。
この狭い価値観を変えていく必要があると感じています。

夢はあきらめなくていい。
人生はあきらめなくていい。
それはもはや現代日本社会のレールからは外れることになるでしょう。
それでも、私たちは生きていくことができます。
幸せに満ち満ちた人生を歩んでいくことができます。

一緒に生きていきましょう。