釈迦の悟りの境地と私たちが悟りを求める心

私たちは悟りを求めます。
一方で、私たちは悟りをどのように理解しているのでしょうか。
悟りとはいったい何なのでしょうか。

私たちは悟りというと、一度きりで、0%から一気に100%に跳躍するような、そんな状態を想像しがちではないでしょうか。
そこには中間が存在しないわけですが、果たして、悟りとはそのようなものなのでしょうか。

釈迦の悟りを考えたとき、
私は釈迦の悟りには三つの段階があったと考えています。
私たちは釈迦の悟りというと、菩提樹の木の下でまさに100%へと跳躍したかのようなイメージを抱きがちですが、
釈迦の心中ではさまざまな葛藤と絶望があったように感じています。
私たち凡人からしてみれば、それはあまりにもものすごいレベルの話であり、
まさに一度きりに訪れて、すべてが達成された平安な状態としか思えないわけですが、
それは私たち凡人からしてみればそうにしか見えないということであって、
釈迦の心の中では、
つねに成長しよう、もっと努力していこう
という気持ちがあったのではないかと想像しています。

釈迦の悟りの境地を考えながら、
私たちが悟りを求める心について考えていきます。
そして、成長していくためにはどうしたらよいか考えていきます。
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