地方が光り輝けば日本は光り輝く

私たちは「大きな機械の部品のひとつとなっている」という言い方をすることがある。
チャップリン主演の映画『モダン・タイムス』(1936年、アメリカ)でも描かれたテーマであるが、
高度な産業社会で人間疎外が進行するというテーマはよく言われるところである。
その一方で、本当に機械であれば、部品がひとつ欠けても不具合が生じるはずであり、
人間疎外の大きな問題とは、人間が商品化されてしまっていて、
いなくなっても替わりはいくらでもいるというような
人間の尊厳への侵食こそが「大きな機械の部品のひとつ」の問題点と考えている。

さて、地方と日本の関係はどうだろうか。
地方のひとつひとつが活性化してこそ、日本は活性化すると考えている。
本当に機械であれば、部品はひとつ欠けたとしても何らかの不具合を起こすと思われるが、
まさに地方とはそのようなものだと考える。
日本は47都道府県で構成されて、現在、1747もの市町村および特別区で構成されているが、
そのひとつが欠けたとしてもいけない。
そのひとつひとつが日本を構成する不可欠な存在であると考えている。
今住んでいる地域を守るあるいは盛り上げていくということについて、
あまり深く考える人は多くはないかもしれないが、
ことさらに日本あるいは世界のためにと考えなくても、
今住んでいる地域をしっかりと守って盛り上げるだけで、
まちがいなく日本は活性化していく。
そして世界へと貢献していくことにつながる。

一昔前まで、秋田は東京と一体となりたい、なろうという雰囲気があったように感じる。
秋田そのものを活性化させて光らせたいというよりは、
東京のもっとも外周のベッドタウンになりたいと思うかのような雰囲気さえあったような気がする。
そんな情熱が秋田新幹線や秋田自動車道を作らせたようにも感じる。
今やっと秋田そのものを光らせていきたいと秋田県人は思うようになったように感じる。
東京その他大都市圏とつながるだけでは繁栄しないという
考えてみれば当たり前なのかもしれないが、
ただ交通の便がよくなるだけでは意味を持たず、
その交通で何を運ぶかが重要であるということに私たちはやっと気が付いたのかもしれない。

日本の地域によって、自らの地域や郷土をどう考えているかという気持ちは違うだろう。
例えば古来より商業の町として栄えた大阪や長い文化が生きる京都では、
大阪あるいは京都として光っていこうという気持ちはその地域の方々であれば今も昔も感じてきたかもしれない。
大学生時代に北海道に住んでいたが、
北海道は北海道で独立して生きていこうという気概が北海道人にはあるように感じた。
私が大学生を過ごした1990年代末はあきらかに日本が低迷していた時期であり、
北海道経済も冷え込みが厳しい時代であったが、
それでも北海道人は北海道として独立して生きていこうという気概に燃えていたように思う。
そんな感覚は当時の秋田県人にはあきらかになかった感覚であり、
私は大変に新鮮に感じたものだった。

江戸時代、明治大正昭和と、東北地方は貧しい地方であったかもしれない。
「白河以北一山百文」(白河とは福島県と栃木県の県境付近)と言われたように、
なかなか豊かなところではなかったかもしれず、
気候の厳しさだけではなかったと思われるが、東北人は長く成長に苦しんだ。
そんな中で東京あるいは大都市圏に出たいという憧れは日本の地域でもとりわけ強かったかもしれない。
私もまたそんな憧れを感じたひとりでもあった。

現在は秋田人あるいは東北人の中で、自らの地域をネガティブに見るような雰囲気はやっとなくなってきたのではないかと思う。
私が子どもの頃は秋田弁を話すのははずかしいことと思うような雰囲気があったが、
現在はそんな空気はやっと消滅したかのように感じている。
そんな空気自体がおかしく、やっと本来の正しい私たちの生き方に戻ったように感じる。

地方ひとつひとつが光っていくことこそが日本全体を光らせることにもなる。
いくらでも替わりがある部品と言われてしまっては生きる気力が湧いてこないのは誰でも同じであるが、
かけがえのない部品であると言われるとまた話は違ってくるのではないだろうか。
部品という表現も適切ではないかもしれないが、
ジグゾーパズルだってひとつのピースがなくなっても完成しないように、
例えば秋田県は今は人口は約95万人であり、日本の人口約1億2千万人から比べれば0.8%と小さなものであるが、
0.8%でも確実に日本のひとつであることはまちがいがない。
この0.8%が確実に0.8%分光ることが大事だと思うのである。

最近は日本の財政事情が悪くなってきたこともあり、
すぐに合併と言い出したがる雰囲気でもある。
市町村合併だけでなく都道府県合併すなわち道州制も議論されて久しい。
しかし、単に行政区界とは財政上の問題だけの話ではないはずである。
それは私たちのこころのアイデンティティの問題でもある。
私たちのこころに寄り添って境界線はひかれてほしいものであるが、
はたしてどんなものであろうか。

◆今日の写真
梅雨の合間に青空が広がる。
今日は大変貴重な晴天になる見込み。
週間天気予報ではずっと雨の見込みで、
この青空を大事にしたい。

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