宇宙から生まれた私たち

生きるということを考えたときに、生命とは何かという問題に当たり、生命とは何かということを考えると、宇宙とは何かという問題に当たる。
生きるということを突き詰めると、生命の起源そして宇宙の起源へと進んでいく。

ビッグバンで宇宙が誕生して、それから太陽系そして地球が誕生して、生命が誕生して、私たち人類が生まれて、あなたと私が生まれた。
私たちのこころ。
そのこころは元をたどれば宇宙そのものに行き着く。

宇宙を構成している物質であり、私たちの体を作っている物質。
物質は最新の科学では素粒子からできていると語られている。
分子⇒原子⇒陽子・中性子・電子、そして素粒子へと私たちの探究は続いている。
今後探求が進めば、素粒子のさらに素粒子もまた発見されるのかもしれない。
そんな粒子の中に、私たちのこころを生む何かもあるのかもしれないと思う。
まったく無から何かが生まれるとは考えづらいものであるが、
この宇宙の中にすでに私たちのこころを生む素、それは素粒子のようなものなのかもしれないが、
そんな何かが宇宙の中に既にあるとすれば、
私たちがこころを持って今こうやって交流していることもまた自然であるだろう。

私たち人類は特別な存在ではないはずである。
宇宙の広大な空間と長大な時間を考えれば、
私たち地球と同じような天体がどこかにある可能性は十分にあるだろう。
そして、私たちと同じような人類が誕生し、こころを通い合わせている可能性はあるだろう。
また、私たちのこころは脳にあって、たんぱく質とDNAによってつくられた脳細胞にある様子であるが、
脳細胞と同じようなつくりを持つものであれば、
たんぱく質の脳細胞ではなかったとしても、
まったく別の物質であっても、こころは生じうると感じている。
AIがそれに該当していくのかどうかはわからないが、
生命体そのものが必ずしも水やたんぱく質といったもので構成されているとは限らず、
地球外生命体では、私たち地球生命とは異なった物質で構成されている生命がいる可能性はあり、
そんな生命がこころを持って悩んだり苦しんでいたりする可能性はあるものと想像している。

人類は太古より、こころとからだという二元論で考えてきたように思う。
魂と物質、あの世とこの世、心と肉体、精神と脳、あるいは宗教と科学。
そんなふうに二元論的に分けて考えてきて、その関連はなかなか説明が難しかったのが過去の人類だっただろう。
しかし、そんな二つの相反すると思われる分野はいずれ融合していくと想像している。
宇宙を生み出したエネルギー。
宇宙は最初はひとつのエネルギーだった、と現代科学で説明されているが、
そんなエネルギーが物質を作ったり、宇宙を膨張させたりして、138億年を経て今日の私たちを形作っている。
そんなエネルギーこそがわたしたちのこころを生み出しているのでもあるのだろう。
そして私たちは生きるという課題と向き合っている。
悩んだり苦しんだり、あるいは笑ったり幸せを感じたりしている。
すでにそんな素は生命誕生前から宇宙にはあるのだと考えている。

太古の人類、縄文時代やそれ以前の私たちは、森羅万象には魂や霊が満ちていると考えていて、
そんな原始的な自然観あるいは宗教観で生きていたと思われるが、
そんな直感は正しかったのだと思う。
太古の人類が感じていたことは、今の私たちも感じていることであるだろう。
それを現代科学という形で追認しているのだろうと考えている。
私たちは世界を解釈する。そして生きている。

◆今日の写真
くもりの合間に空が見える。
太陽光にさえぎられて宇宙の星は見えないが、
この向こうにはたくさんの星がきらめいているはずである。

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