行動をおこしていく

行動をおこしていくことが大事である。
思いと行動は軸の両輪であり、思うばかりでははじまらず、行動をはじめていってはじめて本当に動き出す。
努力とは行動そのものである。
そもそもいったい何をしたらいいのか分からないのが私たちであり、
そもそもどんな努力をしたらよいのかも分からないのが現実である。
試行錯誤という言葉があるが、
あれやこれややってみて、うまくいったりいかなかったりして、
徐々に努力の方法を見つけていく。
その全体が行動であり、
失敗は成功の素というのはまさにここに話がある。

最近の私の行動で言えば、高校物理の教科書を読んだことがあった。
生きるということを考えたときに、生命とは何かを考え、そして宇宙とは何かということを考えることとなった。
いろいろな本を読んだりNHKスペシャルといった映像番組を見たりしても、基本が分からないので漠としたもので、
基本から学びたいと高校物理の参考書を読むこととした。
私が高校生時代(90年代半ば)のときとはカリキュラムが変わっていて、今は物理基礎と物理と二つに分かれている様子であるが、最初はそんなことはまったく分からなかった。
私はそのまま物理の方の参考書を買って、物理基礎を飛ばして物理から読み始めたのでいまいち理解がつかめず、後から気が付いた。
参考書はたいていは図書館では置いていないものではあるが、何かあったらと試しに図書館で検索してみたら、
高校の教科書そのものが置いてあることに気が付いた。
見ると、小学校から高校までのたいていの出版社の教科書が全部本棚にあった。
教科書なんて普通の本屋では売っていないし、そもそも図書館にあるとも知らず盲点だった。

そこから物理基礎と物理の教科書を借りてそれぞれ読んだ。
だからといって宇宙とは何か生命とは何かという私の問いが明らかになったわけではないが、
非常におもしろく参考になり、勉強になった。
参考書よりも教科書の方がわかりやすくおもしろいというのは皮肉であったが、
出版社側も限られた制約の中で相応に努力しているのだろうと、そのがんばりが感じられた。
大学入試でいかに点を取るかがすべてなのかもしれないと思ったときに、
教科書と参考書で表現に差が出ていくのは仕方がないことでもある。

最近私が行った試行錯誤の例としてはそんなことがあった。
もちろん高校物理の教科書を読むこと自体が試行錯誤の最たる例であり、
ここからもっともっと自分の試行錯誤は続いていくのだろうと思う。
そんなふうに迷いながら七転八倒しながら自らの真理に向かって歩んでいくことが
努力ということであり、生きるということなのではないだろうか。
まっすぐに一本の迷いがない道を人は歩きたいかもしれない。
そんな気持ちはわからなくもないが、
何事もおいしい話はご用心なのである。

私たちは行動をおこしていくことが大事である。
行動には失敗や迷いの時間も考慮にいれなければならない。
私たちは何度も失敗して転んで、そして立ち上がって歩んでいく。
そのすべてが人生であり、
それも含めて考えたときに、1年や2年で物事が成就するならば奇跡的に早い方だろう。
何の基準もないが、人生というレベルで努力を考えたときに、1年という時間は短いものであるだろう。
石の上にも3年とは言ったものであるが、何事も成就には時間がかかるものである。

そんな長い時間を思ったときに、やはり行動をおこすことが大事ではないだろうか。
明日よりも今日、今はじめる。
そこから何かがはじまる。

◆今日の写真
昨晩は大雨であったが、今朝は落ち着いてくもり空となっている。

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