魂の戦友のマスコットキャラクターを決めてみました

秋田やっち教会魂の戦友としてのマスコットキャラクターを決めてみました。
それは

『キリン』

です。動物のキリンです。

私たち現代人は待つことが苦手です。
なんでもかんでもすぐに成果を出すことが求められる現代日本社会。
そして、勉強もすぐに成績を上げることが求められる子どもたち。
そんな中で、私たちは窒息しているのが現実でもあるかもしれません。
努力を尽くして天命を待つという言葉もありますが、
努力をやり尽したらあとは待つしかないのだと思います。

そんな『待つこころ』が今の私たちにはとても必要なものだと思うのです。

日本には「首を長くして待つ」という言葉がありますが、
そこからキリンが思いつきました。
キリンがいてくれたら、遠くにいる幸運の女神を見つけてくれるかもしれませんし、
幸運の女神も私たちを発見してやってきてくれるかもしれません。

「鳴くまで待とうホトトギス」という言葉もありますが、
現代日本人は鳴くことすらも忘れてしまったようなところがあるのではないでしょうか。
努力しても実らないという無力感が私たちを支配しているようにも思います。
ホトトギスのように美しくなくても、
精一杯自分の声を出して鳴いていきたいと思うのです。
いつかもしかしたら、鳴くまで待っている幸運の女神の耳に
私たちの声も届くかもしれません。

あなたはどんなふうにお感じになっていますでしょうか。
ぜひ動画をご覧ください。

なぜ私は釈迦を語るのか 釈迦の魅力に迫る

釈迦。
2500年前にインドで生きた釈迦。
コーダマ・シッダールダ。
後に仏教の開祖と言われる釈迦。

私はやっち時間の中でたびたび釈迦について語ってきました。
これからも釈迦について語っていきたいと考えていますが、
そもそもなぜ釈迦を語るのかというその気持ちについて、
今日は語りたいと思います。

釈迦の教えとはいったい何だったのか。
そして釈迦はそれをどういう形で語ろうとしたのか。
私の釈迦に対する理解と、
私の釈迦への想いについて語ります。

詳しくはぜひ動画をご覧になってください。

『確かに彼ら彼女らは実在した、そして人間だった』 やっち思想の重要な前提

私が語る思想について、重要な前提があるので、それについて語りたいと思います。
その前提とは、一言で言えば、
『歴史上の人物は確かに実在した、そして人間だった』
ということです。

自分自身の思いを語る上で、私は歴史上の人物を例に挙げて語ることがあるかと思いますが、
その歴史上の人物がそもそも存在しなかったと言ってしまうと、
話の前提がゆらぐこととなってしまいます。
私自身も直接お会いしたわけではなく、見聞した話でしかありませんし、
人間には間違いもありますし、ねつ造することもあるかもしれません。
思い違いや記憶の曖昧さだってあるかもしれません。
特に、昔のこととなれば、伝え聞いたことの伝え聞いたことで、
本当に実在したのかはもはや分からないということはありえると思います。
そんなすべての要素を踏まえた上で、
「その人たちは確かに実在した」
ということを前提としたいと思うのです。
もちろん新しい証拠の発見によって否定される可能性があることを認めますが、
その上で「実在した」ということで共通理解を持った上で、
やっち思想を聞いていただけるとありがたいと考えています。

さらにもう一つ重要な前提として、
「確かに人間だった」
ということがあります。
このことは特に宗教に関する歴史上の人物について言うことができます。
宗教を専門とする人、特にその宗教を信仰している人から見れば、
「人間である」
という理解の上で話をすることについて違和感を覚える人もいるかもしれません。
私はそんなあらゆる価値観や見方を尊重し認めた上で、
あくまで私個人の価値観として、
人間であるその人について語りたいと思うのです。

確かに彼ら彼女らは実在した、そして人間だった。
このことは私自身の思想の重要な前提でもあります。
新しい証拠の提示によって否定される可能性があることを認めた上で、
このことを前提とさせていただき、
『やっち思想』にお付き合いいただけたらと思います。

ぜひ動画をご覧になってください。

未来への希望の持ち方 昭和の時代を振り返りながら、正しく未来への希望を持つことについて考える

今日4月29日は昭和の日ということで祝日です。
昭和の時代、今日は天皇誕生日として祝日でした。
そんな昭和の時代を振り返りながら、今日は『未来への希望』について語ります。

私は昭和53年(1985年)生まれで、昭和の最後の時期を小学生として過ごしました。
私が昭和の最後の世代なのかもしれません。
昭和の時代を一言で言えば
『誰もが未来への希望に燃えていた時代』
と言えるのではないかと思います。
当時、誰もが
『来たるべき21世紀のために』
と言っていました。

今は辛く苦しくても、将来、私たちは豊かになって幸せになれる
と誰もが信じていた時代でもあったと思います。

しかし、日本は高度成長期を経てバブル経済へと突入し、そのバブルは崩壊し、
一緒に日本人の未来への希望も崩壊していきました。
その後、私たちは未来への希望を再建設しようとしてそれができず、
もがき続けてきたように思います。
そんな私たちにとどめを刺したのが、今の新型コロナウイルスであるのかもしれません。
今の今、私たちは未来への希望を持つことが極めて難しくなっています。

そんな今だからこそ、私たちは未来への希望を持ちたい。
しかし、そんな未来への希望にも正しい持ち方があるのかもしれない。
昭和の時代を踏まえながら、私たちはこれから
未来への希望の正しい持ち方を模索していく必要があると思います。

続きはぜひ動画をご覧ください。
私はこれからも未来について語っていきます。

今、新型コロナウイルスで闘病生活を送っている方に心からの応援を

新型コロナウイルスが流行しています。
そして、大変多くの方が新型コロナウイルスにかかり、苦しい闘病生活を余儀なくされています。
病院でホテルで、多くの方が苦しい生活を送っていると想像します。
私は、そんな病と闘っている方を心から応援したいと思うのです。

医療関係者の皆さまには深く感謝します。
また、営業自粛で働けなくなった方、解雇されてしまった方、
外出自粛で不便な生活を強いられているすべての方を
私は心から応援したいと思います。
それはもちろんとして、
今、病気に苦しんでいる方を応援したいと思うのです。

もし私たちが病気から回復した人をあたたかく迎えられるとするならば、
私たちは安心して生きてゆける日本を作っていけるのだと思います。
しかし、どうでしょうか。
医療関係者や患者に対する差別が起きていることが報道されています。
これからの日本は復興ということになるでしょう。
病から回復した人たちと一緒になって、協力して、
私たちはこれからの日本を復興させるために生きていかなければならないはずです。

そしてなによりも、
病から回復した人をあたたかく迎えられる雰囲気があれば、
私たちは今日を安心して生きていくことができます。
病に倒れたとしても、安心して治療に専念できるでしょう。
そんなとき、私たちの体の回復力は増して、病気も早く治るのではないでしょうか。
そして、病院のベッドもどんどん空けば、たくさんの患者さんを治療できるようになるのかもしれません。

まずは存在を語ること。
問題の存在を語ることがすべての第一歩だと思うのです。
私たちは心を合わせて協力することができるのか問われています。

続きは動画をご覧ください。