死にたい・自殺したいと思って苦しんでいるあなたへ

お元気されていますでしょうか。
秋が深まってきました。
今日は紅葉を背景に動画を撮影できればと思ってあちらこちらドライブして走ったのですが、
よい場所を見つけることができずに、いつもの新屋浜で撮影することになりました。
紅葉とはまったく縁がない場所での撮影ですが、お許しください。
だんだん肌寒くなってきましたね。
南の地域ではまだあたたかいのかもしれません。
台風15号、そして台風19号で苦しんでいらっしゃる方も多いと思います。
おつかれさまです。
私の動画とブログをご覧になっていただき、ありがとうございます。

さて、今日は死にたいと思っている方に向けて私の想いを語りたいと思います。
具体的な解決につながるようなことは何も言えないかもしれませんが、
ぜひ動画をご覧になっていただけたらと思います。

私も過去、死にたいと思っていたことがあります。
若き日、死にたいと思い、ネットで「自殺」というキーワードで検索していた日々がありました。
そんな昔の私がもし見つけていれば、真剣に食い入るように見ていたであろう動画を作りたい
そんな思いから、私は「やっち時間」を始めました。
何か悩んでいる人の悩みや苦しみを解決し心を軽くするような何かかっこいいことが言えたらいいなと
いつも思うのですが、
それは思うばかりで空回りで、
無力である自分を痛感する日々です。

寄り添うと言えばかっこいいですが、
そんな苦しんでいる人の心に寄り添うことができたらと、
こんな拙い動画をいつも作っています。

私の想いを動画でご覧になってください。
具体的な解決は何もできないかもしれませんし、
あなたの心に寄り添うこともできていないかもしれませんが、
今苦しんでいる人の何らかの力になればと祈ります。

何も解決できなかったとしても誰かがそばにいるだけで心強い。
そんな戦友になれたらと思うのです。
まさに「魂の戦友」です。
そんな魂の戦友になれたら。
私の想いをぜひ動画をご覧になって感じていただけたらと思います。

お話を聞くことしかできないかもしれませんが、
いつでもお会いしてお話をお聞きします。
お気軽にメールで私にご連絡ください。

しおんが出演する意味について

動画をご覧になってくださっている視聴者の方から
「なぜしおんが出演するのか」
ということについてご質問がありましたので、ご回答したいと思います。

しおんが出演することについて、
何かしおんを見せびらかしたいとか自慢したいという意図があるわけではありません。
ドールという趣味は非常に特殊なものでもあろうかと思います。
ドールが好きな人にしてみればなんでもないことであっても、
ドールに興味がない人にしてみれば、
例えばドールを見て、
怖いと思ったり、
不気味だと思ったり、
することがあろうかと思います。
ドールの取り扱いは非常に難しいところがあり、
それは私自身も理解しているところです。

そんな中で、なぜしおんを出演させようかと思ったかといえば、
動画をはじめとしてこのサイトのコンテンツは、
苦しんでいる人に見てもらいたいという意図があります。
今幸せな人や人生うまくいっている人というよりは、
今苦しんでいて、不幸のどん底にあって、人生がうまくいっていなくて、
明日にでも自殺したいと思っているような方、
そんな苦しんでいる方にぜひご覧になっていただきたいと考えています。
そういったことを考えた時、
しおんを出演させたいと思いました。
ここに理屈はもはやないのですが、
しおんであれば、
そんな苦しんでいる人の心をいくばくかでも癒すことができるのではないかと
思った次第です。

ドールという存在自体が
現代日本社会の一般的な価値観からは隔絶した存在であるかもしれません。
しかし、そうであればこそ、しおんが出演する意味があると思いました。
今苦しんでいる人は、まさに現代日本社会の価値観からは除外された人たちでしょう。
一般的な価値観からは除外され、弾かれて、苦しんでいる。
そんなときに、現代日本社会の価値観ではもはや救済できず、
現代日本社会の価値観を超えたところで救済を考えるしかないと思ったのです。

そんないろいろなことを考えたとき、
しおんに協力してもらいたいと思いました。
しおんもこの困難な依頼を快く引き受けてくれて、
しおん出演の運びとなりました。

苦しんでいる人の心をいくばくかでも和らげることができたら。
それはきわめて難しいことかもしれませんが、
しおんの存在がそんな力になれたらと願ってやみません。

何もできないとしても寄り添うことができたら 台風19号被害にお見舞い申し上げます

台風19号が大変な被害を日本列島にもたらしました。
被害に遭われた方に深くお見舞い申し上げます。

10月12日13日と台風19号が日本列島を直撃しました。
私の住む秋田では、昨日12日土曜日は一日中雨でした。
風が強くなるということはあまりなかったのですが、強い雨が夜中にかけて降り続く状態でした。
今朝になってみると、雨はやみ、日が差すようなおだやかな天気となりました。
大変幸せなことに、私の自宅に被害はなく、近所を見渡しても被害はない様子です。
秋田県内では、あちこちで避難所が開設されたりしている状況ではありますが、
幸運なことに、私の住む町内は被害を免れた様子です。

テレビをつけてみると、長野県で千曲川が氾濫したことを始めとして、
関東甲信越や東北と非常に広い範囲で洪水や水害が起こっている状況で、
今回の台風は予想を超えてものすごい被害をもたらしたと思いました。

私が小さなころや若い頃はあまり考えられなかった災害が最近は普通に起こるようになりました。
異常気象や異常気候といいますか、今後はこの異常さが普通レベルになるのかもしれません。

私たちはそれでも生きていかなければならないわけですが、
ひとりでは心細かったとしても、ふたり三人と寄り添えば乗り越えられる気持ちもあろうかと思います。
具体的に何も助けることができなかったとしても、
寄り添うことができたらと思います。
具体的な何かができなかったとしても、ただ寄り添うだけで、人は生きていけるように思います。
ひとりでは心強くなれなかったとしても、集まることで強くなれる気持ちがあると思います。
そんな気持ちで、これからの困難な日本を生きていくことができたらと思います。

今回の台風で被害に遭われた方にお見舞いを申し上げます。
また、前回の台風で被害に遭われた千葉の方々が再度また被害に遭われたと思いますが、
深くお見舞いを申し上げます。

あなたも使命に気が付くことができる 諦める人生を超えて自らの人生の主人公となる

私たちは人生を諦めて生きています。
毎日毎日嫌な嫌な人生を嫌だ嫌だと思って生きています。
そんな人生を超えるためには、
自らの人生の使命に気が付くことです。

私たちは誰でも使命を持っています。
使命を持って生まれてきます。
もっと正確に言えば、
私たちは誰でも、自らの使命に気が付くことができます。
自らの使命を見つけることができるのです。

私たちは人生を諦めよと教えられて生きています。
「楽しい仕事なんか世の中にあるか」
と一度は言われたことがあるのではないでしょうか。
楽しい人生なんかあるはずはない。
この世は苦しみなのだ。
そう言われて誰もが大人になったのではないかと思います。
そして、自ら人生を諦めることにすっかり慣れて、
自らの使命というものを考えたことがないのではないかと思います。

人間には使命があります。
人間には生まれてきた意味があります。生まれてきた価値があります。
使命に気が付くことによって、その生まれてきた意味や価値を最大限に引き出すことができます。
そのとき、私たちは本当の意味で人生の主人公となることができ、
本当の意味で満ち満ちた人生を歩み、幸せを感じることができるでしょう。
そんなとき、人生を諦めなければならないという想念を打ち破り、
諦めの人生から本当の人生へと一歩を遂げるのです。

私たちの人生は苦しみです。
確かに私たちの人生は苦しみです。
しかし、だからといって人生は諦める必要はありません。
苦しみの人生を超えることは可能です。
誰でも、苦しみの人生を超えて、幸せに至ることはできるのです。
それは、使命に気が付くことです。

人間には生まれながらに価値があります。
人生には意味があります。
人間の意味や価値は、条件付きではないのです。
誰であっても、無条件に、価値があるのです。
そして、誰であっても、自らの使命に気が付くことができます。
その使命に気が付いたとき、人生の意味を悟り、自らの価値を光り輝かせることができるでしょう。

まだ使命に気が付いていないという方も、まったく焦る必要はありません。
いずれ、私たちは使命にたどり着きます。
一緒に勉強していきましょう。

望まない苦しみから望む苦しみへ 一生懸命に生きるとはどういうことか?

日本人は我慢することを美徳として生きてきました。
最近ではあまり言われなくなったかもしれませんが、
それでも日本人は我慢が好きです。
果たして、我慢することは本当に美徳なのでしょうか?

私はよく「人生を一生懸命に生きよう」と語りますが、
それは望まない苦しみをただ我慢して一生懸命に生きよと言っているのではありません。
自分のやりたいことや自分の好きなこと、自分の望むことで一生懸命に生きようと言っているのです。
望まないことで苦しむのではなく、望むことで苦しもうということなのです。

我慢は美徳です。
しかしそれは、望むことで我慢したときに意味を持ちます。
望まないことで我慢しても、それは拷問というものです。
人間が死にたくなるのは、望まないことで我慢しているからでもあります。
望まない人生をただただ我慢して生きよと言われたら、誰だって生きたくなくなるでしょう。

そうではなくて、自分の望む道を生きて、その道で我慢して生きていこうということなのです。
そのとき、我慢は光り輝き、努力は血が通い、充実したものになるでしょう。

一生懸命に人生を生きる。
それは、自分が望む道で一生懸命に生きるということです。
現代日本社会は不透明で不安定な社会になりました。
これからの見通しは誰も分かりません。
このようなとき、特に自分の望む道を一生懸命に生きるということが重要になります。
自分の望む道をひたすらに生きる。
それは自分に一本の軸を与えます。
その軸がある限り、私たちはどんな事態に遭遇しても、ぶれずに生きていくことができるでしょう。
どんな時代がやってきても、私たちは動じることなく、自分の人生を歩んでいくことができるでしょう。
自分の好きなことやりたいこと、望むことに打ち込むことは、これからの時代、ますます大事になるものと思います。

毎日を一生懸命に生きる。
自分のやりたいことにひたすらに没頭する。
その先に、幸せは見えてくるでしょう。