どんな小さなところにもある生態系

今日はすっかりと空が晴れた。
昨日おとといまでひたすらに降り続いていた雨が止み、写真のとおり空が晴れた。
梅雨明けなのだろうか。
天気予報を見ても、明日以降は晴れが続いている。

晴れたので、草取りをすることにした。
雨が降ると草はものすごい勢いで伸びる。
今後雨は少なさそうなので、いっせいに草取りをすることにし、草と向き合った。

草はあちこち勢いよく伸びている。
申し訳ないと思いながらも取っていく。
コンクリートの隙間に生えているような草、道路と敷地の境にあるちょっとした土に生えた草。
気が付けばけっこう苔が伸びている。
草を取ってみると、小さなアリが広がり、カブトムシの幼虫のすごく小さなようなやつとか、ダンゴムシの小さなやつとかが現れる。
土といっても、コンクリートの側溝の境目で、深さ1センチもないような土なのであるが、草を取ってみると、その草の根元にはたくさんの昆虫が暮らしていて、生態系を作っていた。
どれも小さなもので、アリもものすごく小さいのだが、もしかしたら巣でも作っていたのかもしれない。

驚いたのは小さなマツみたいな芽で、コンクリートの間にマツみたいなとげとげした葉を伸ばしている。
取ってみると、10センチはあろうかという一本の根を伸ばしていた。
こんなタネはどこから来たのだろうと周りを見てみると、おむかいさんの庭に松らしき木が植わっており、もしかしてあのマツのタネ?と驚いた。マツのタネがこんなところに流れ込んで芽を出したとするとすごいことである。
小さな側溝の壁面の隙間から芽を出している草とか、いったいどんなふうにそんなところにタネが入ったのか驚く。
深さ20センチくらいの小さな側溝にちょこっと水が張っていたが、そこにはアメンボがいたりして、こんなところにアメンボがいるの?とこれまた驚く。
先日雨が降っているときはカエルがコンクリートを飛んでいたりしたが、今度はアメンボで、なんと自然が豊かかと驚く。

しかし、住宅街であり、どれもこれも個体の大きさとしては小さい感じである。
山に住む昆虫たちとは明らかに体が小さいが、小さいからこそ住宅街が住みやすいのかもしれない。

草取りは無事に終わった。
ちょっとした草ではあるが、そんな草のまわりに広がる生態系におどろく。
ちいさな草を頼りに、たくさんの虫たちが暮らしている。
小さな虫たちであるが、その小ささを活かして、住宅街のコンクリートの隙間に活路を見出している姿は、ニッチな隙間を狙って新しい商売をはじめて生きている私たちのようでもある。
私たちもまた小さくても小さいなりにすみかを開拓して生きていきたいものである。

◆今日の写真
今日は晴れた。セミが鳴いている。いよいよ夏がはじまる。

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どん底の今だからこそ未来へ希望をつなぐ

先日、2001年に放送されたNHKスペシャル「宇宙 未来への大紀行」全9回を観た。
2001年の9カ月に渡って放送された大型NHKスペシャルシリーズであるが、このシリーズには2001年当時の世相が色濃く反映されていると当時を思い出しながら感慨深く思った。
このシリーズは宇宙をテーマに描いたものであるが、例えば火星有人探査計画や火星移住計画などが真正面から真面目に取り上げられていて、当時はまだまだ未来に対して日本人も世界人類も熱い希望を持っていたんだろうなと感じる。地球外生命体を探す研究や太陽系外の地球型惑星を探す研究、宇宙のはじまりそして宇宙のおわりを考える研究など、当時の人類のパワーを感じることとなった。
例えば、現在行われている宇宙ステーションの研究は、火星有人探査計画の準備研究として始まったということが語られていた。
火星にたどり着くまでには数百日という長い期間がかかり、その間、人間は宇宙空間の生活に耐えられるのか、その準備段階としてまず宇宙に長期滞在してみようというところから、宇宙ステーションは始まったという話だった。
現在も宇宙ステーション計画は行われているところであるが、背景とは奥が深いものである。

2020年の今このような壮大なストーリーを見て、少し遠い目になるのは私だけだろうか。
2001年当時、日本はすでにバブルは完全に崩壊していて就職氷河期を迎えていたが、日本人はまだ未来に熱い希望を持っていたのだろう。そしてそれは全世界的に共通したものだったのだろう。全人類が未来に熱い希望を持っていた。
「新しいミレニアム」という言葉も出ていて、遠い目であったが、新しいミレニアム、そして21世紀を迎えて、日本人だけでなく世界人類的に未来に向けて希望を持っていた時期でもあったかもしれない。そうでなければ、火星移住計画など真正面から議論できないだろう。火星の環境を改造して地球と同じような自然環境としてそこに人類が移住するという計画は、今となっては、なかなか真正面から議論するには勇気が必要であるかもしれない。

太陽はいずれ寿命を迎えて滅ぶことは現代科学ではゆらぐことのない未来予想である。
番組では、20億年後には太陽が膨張する影響で地球の海はすべて干上がり、灼熱の地上になって生命はもはや生きていけないだろうと語られていた。当然それよりももっと前に地球環境には影響が出るだろう。人類がこの地球で生きていけるのは、もしかしたらこれからの10億年くらいが限度なのかもしれない。
いずれ人類は地球を旅立って宇宙へと出ることになるだろう。
番組では、いわゆるスペースコロニーで人類が生活しながら、遠い銀河の先にある地球型惑星に向かって何万年をかけて旅をすることになるのかもしれないとまとめていた。現在の人類が想像できることはそこまでかもしれない。

現生人類のホモ・サピエンスが誕生してから20万年であるが、正直これからの20万年後に人類が存続しているかどうかも難しいという話もあると思われ、20億年後の心配を今からする必要はないと考えている。それはそれとして、私たちは過去と未来をつねに見つめながら、長い目で現在を見つめて、そして徐々に近づいていって細かい目先の問題を考える必要があることはまちがいない。

2020年の今はどん底の時代といってもいいだろう。
20年前、2001年当時は日本人も世界人類的にもまだまだ未来への熱い希望を持っていたかもしれない。
しかし、その直後、アメリカ同時多発テロが起きて(2001年9月11日)、世界は一気に大紛争の渦に突入していく。そしてリーマンショックも起きて、世界的に大不況となり、日本はバブルから続く不況にさらに不況が重なり、派遣労働者の雇止めによる「年越し派遣村」が重大問題として騒がれることとなった。
2010年代に入ると地球環境が変わってきて、水害に悩まされるようになった。
東日本大震災や熊本地震といった地震だけでなく、梅雨による水害や台風に何度も悩まされた。
そして今年も梅雨で大きな被害を出した。秋の台風もどうなるか心配である。
2020年の今年は新型コロナウイルス感染症の大流行である。
あまり大きくは報道されていないが、バッタの大発生による世界的な農業被害も深刻化している。
今年の夏は日照不足により稲作の生育が心配されているが、今年の秋は食糧危機も心配されるのではないかと考えている。

本当にどん底としか思えないような今であるが、そうであればこそ未来へと希望をつなぐことが大事である。
正直に言って未来へ希望をつなぐといっても、未来に希望を持てる材料は何もないのが現実である。
何も根拠がないのに未来に希望を持てと言っても無理難題であることは理解している。
それでも、私たちは「生きていきたい」のであって、今はダメでも未来にはなんとか、と思いながら、今日を生きていくしかないのだろうと思う。
ただ今日を生きる、それだけでも立派な努力であり、大切な努力だと信じている。
ただ生きるだけで、努力なのかとは言われるかもしれないが、このようなどん底な状況で、ただ生きるということがいかに難しいか。ただ生きるということがいかに大変な苦労であり努力であるのかということが浮かび上がっているように思う。

番組では「私たちが何者であるのか知りたくて宇宙を探求するのだろう」と解説されていた。
「宇宙という視点で私たち人類を見る視点が大事」ということも語られていて、私も常々そう思っていたところだった。
私たちは往々にして自分たちを特別な存在と思いがちであるし、また目先のことにとらわれがちでもあるが、宇宙から見た自分という視点を持って、自分や私たちを大きな視点で眺めることが自分自身を理解する上で大事だと感じている。

20年後、2040年に私たちはどうなっているのか。
その時点でもはや地球が住めない環境になっていて本格的に火星移住計画が議論されているという未来は避けたい。
火星移住計画はやむなくされるものではなく、別にする必要はないけれどもさらに人類を豊かにするためにあえてしてみるというものであってほしい。火星での知見が地球をよりよくするために活きていく。太陽が膨張して本当に住めなくなる20億年後まで、私たちはとことん地球にしがみつきたいものである。
どん底であればこそ未来をみすえて、今日を生きていきたい。

◆今日の写真
晴れ間が広がっている。
天気予報では晴れの日が多くなっていて、そろそろ梅雨明けなのだろうか。

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行動をおこしていく

行動をおこしていくことが大事である。
思いと行動は軸の両輪であり、思うばかりでははじまらず、行動をはじめていってはじめて本当に動き出す。
努力とは行動そのものである。
そもそもいったい何をしたらいいのか分からないのが私たちであり、
そもそもどんな努力をしたらよいのかも分からないのが現実である。
試行錯誤という言葉があるが、
あれやこれややってみて、うまくいったりいかなかったりして、
徐々に努力の方法を見つけていく。
その全体が行動であり、
失敗は成功の素というのはまさにここに話がある。

最近の私の行動で言えば、高校物理の教科書を読んだことがあった。
生きるということを考えたときに、生命とは何かを考え、そして宇宙とは何かということを考えることとなった。
いろいろな本を読んだりNHKスペシャルといった映像番組を見たりしても、基本が分からないので漠としたもので、
基本から学びたいと高校物理の参考書を読むこととした。
私が高校生時代(90年代半ば)のときとはカリキュラムが変わっていて、今は物理基礎と物理と二つに分かれている様子であるが、最初はそんなことはまったく分からなかった。
私はそのまま物理の方の参考書を買って、物理基礎を飛ばして物理から読み始めたのでいまいち理解がつかめず、後から気が付いた。
参考書はたいていは図書館では置いていないものではあるが、何かあったらと試しに図書館で検索してみたら、
高校の教科書そのものが置いてあることに気が付いた。
見ると、小学校から高校までのたいていの出版社の教科書が全部本棚にあった。
教科書なんて普通の本屋では売っていないし、そもそも図書館にあるとも知らず盲点だった。

そこから物理基礎と物理の教科書を借りてそれぞれ読んだ。
だからといって宇宙とは何か生命とは何かという私の問いが明らかになったわけではないが、
非常におもしろく参考になり、勉強になった。
参考書よりも教科書の方がわかりやすくおもしろいというのは皮肉であったが、
出版社側も限られた制約の中で相応に努力しているのだろうと、そのがんばりが感じられた。
大学入試でいかに点を取るかがすべてなのかもしれないと思ったときに、
教科書と参考書で表現に差が出ていくのは仕方がないことでもある。

最近私が行った試行錯誤の例としてはそんなことがあった。
もちろん高校物理の教科書を読むこと自体が試行錯誤の最たる例であり、
ここからもっともっと自分の試行錯誤は続いていくのだろうと思う。
そんなふうに迷いながら七転八倒しながら自らの真理に向かって歩んでいくことが
努力ということであり、生きるということなのではないだろうか。
まっすぐに一本の迷いがない道を人は歩きたいかもしれない。
そんな気持ちはわからなくもないが、
何事もおいしい話はご用心なのである。

私たちは行動をおこしていくことが大事である。
行動には失敗や迷いの時間も考慮にいれなければならない。
私たちは何度も失敗して転んで、そして立ち上がって歩んでいく。
そのすべてが人生であり、
それも含めて考えたときに、1年や2年で物事が成就するならば奇跡的に早い方だろう。
何の基準もないが、人生というレベルで努力を考えたときに、1年という時間は短いものであるだろう。
石の上にも3年とは言ったものであるが、何事も成就には時間がかかるものである。

そんな長い時間を思ったときに、やはり行動をおこすことが大事ではないだろうか。
明日よりも今日、今はじめる。
そこから何かがはじまる。

◆今日の写真
昨晩は大雨であったが、今朝は落ち着いてくもり空となっている。

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再びふれあいが取り戻せる日まで

人間はリアルで会って、リアルでこころを触れ合わせることが大事であると
新型コロナウイルスの流行であらためて感じたところだった。
私たちは普段、そんなことはあまり思うことはないかもしれない。
家族と会う、友人と会う、職場で同僚と会う。
そんな「会う」ということは当たり前すぎるからだ。
新型コロナウイルス感染症の流行はそんな当たり前を崩した。
ゴールデンウィークの時はオンライン帰省という言葉も出たが、
オンライン帰省といってもただのスカイプなどのテレビ電話の通話でしかなく、
涙を飲んだ人たちは多かったのではないかと想像する。
普段はいつもリアルで会うがゆえに、あるいはわずらわしさとかネガティブな感情を抱いていたとしても、
やはり会えなくなると相手の貴重さや出会うことの機会の貴重さを感じた人も多いのではないだろうか。
先月下旬に県外移動の自粛要請が解除されて、
喜々として多くの人が帰省などに向かっている姿が報道されたが、
人間はやっぱりリアルな社会的動物であり、リアルでふれあうことが大事なのだと感じた。

しかし、新型コロナウイルスは再び流行することとなった。
世界に目を転じれば、新規感染者は減ることなく、右肩上がりで増加していっている。

再びふれあいが取り戻せるまで。
私たちはまた会うことができると信じて、
コロナが鎮火することを願いながら、今日を生きていきたいと思う。
一期一会という言葉が重い。
コロナ流行前、また会えるからとちょっとしたことで会うのをキャンセルしたり先延ばししたりして、
コロナが流行してしまったために会えなくなってしまったという人は少なくないのではないだろうか。
確かに電話では話せるかもしれないし、
インターネットでテレビ電話をすることもできるかもしれない。

しかし、リアルで会ってはじめて安心できる喜びもある。
そんな交流こそが私たちが生きる喜びとして大事なものだと思う。
もっとも、これからは人間も進化して、
インターネットのつながりだけでも、こころの充足を感じられるようになるのかもしれない。
それはそれとして、
今の私たちにとって、リアルで心を通わせることは大事なのだろうと思う。

再びリアルで安心して会える日まで。
いつかまたどこを旅しても安心と思えるような日まで。
新型コロナウイルスの流行を広げないために、
私たちは努力していきたい。
私も努力していきたい。

私たちは再び会えると信じて、今日を生きていく。

◆今日の写真

雲が広がっている。
朝方はくもりだったが、夜半は雨が強くなるとの予報。
雨に警戒していきたい。

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宇宙から生まれた私たち

生きるということを考えたときに、生命とは何かという問題に当たり、生命とは何かということを考えると、宇宙とは何かという問題に当たる。
生きるということを突き詰めると、生命の起源そして宇宙の起源へと進んでいく。

ビッグバンで宇宙が誕生して、それから太陽系そして地球が誕生して、生命が誕生して、私たち人類が生まれて、あなたと私が生まれた。
私たちのこころ。
そのこころは元をたどれば宇宙そのものに行き着く。

宇宙を構成している物質であり、私たちの体を作っている物質。
物質は最新の科学では素粒子からできていると語られている。
分子⇒原子⇒陽子・中性子・電子、そして素粒子へと私たちの探究は続いている。
今後探求が進めば、素粒子のさらに素粒子もまた発見されるのかもしれない。
そんな粒子の中に、私たちのこころを生む何かもあるのかもしれないと思う。
まったく無から何かが生まれるとは考えづらいものであるが、
この宇宙の中にすでに私たちのこころを生む素、それは素粒子のようなものなのかもしれないが、
そんな何かが宇宙の中に既にあるとすれば、
私たちがこころを持って今こうやって交流していることもまた自然であるだろう。

私たち人類は特別な存在ではないはずである。
宇宙の広大な空間と長大な時間を考えれば、
私たち地球と同じような天体がどこかにある可能性は十分にあるだろう。
そして、私たちと同じような人類が誕生し、こころを通い合わせている可能性はあるだろう。
また、私たちのこころは脳にあって、たんぱく質とDNAによってつくられた脳細胞にある様子であるが、
脳細胞と同じようなつくりを持つものであれば、
たんぱく質の脳細胞ではなかったとしても、
まったく別の物質であっても、こころは生じうると感じている。
AIがそれに該当していくのかどうかはわからないが、
生命体そのものが必ずしも水やたんぱく質といったもので構成されているとは限らず、
地球外生命体では、私たち地球生命とは異なった物質で構成されている生命がいる可能性はあり、
そんな生命がこころを持って悩んだり苦しんでいたりする可能性はあるものと想像している。

人類は太古より、こころとからだという二元論で考えてきたように思う。
魂と物質、あの世とこの世、心と肉体、精神と脳、あるいは宗教と科学。
そんなふうに二元論的に分けて考えてきて、その関連はなかなか説明が難しかったのが過去の人類だっただろう。
しかし、そんな二つの相反すると思われる分野はいずれ融合していくと想像している。
宇宙を生み出したエネルギー。
宇宙は最初はひとつのエネルギーだった、と現代科学で説明されているが、
そんなエネルギーが物質を作ったり、宇宙を膨張させたりして、138億年を経て今日の私たちを形作っている。
そんなエネルギーこそがわたしたちのこころを生み出しているのでもあるのだろう。
そして私たちは生きるという課題と向き合っている。
悩んだり苦しんだり、あるいは笑ったり幸せを感じたりしている。
すでにそんな素は生命誕生前から宇宙にはあるのだと考えている。

太古の人類、縄文時代やそれ以前の私たちは、森羅万象には魂や霊が満ちていると考えていて、
そんな原始的な自然観あるいは宗教観で生きていたと思われるが、
そんな直感は正しかったのだと思う。
太古の人類が感じていたことは、今の私たちも感じていることであるだろう。
それを現代科学という形で追認しているのだろうと考えている。
私たちは世界を解釈する。そして生きている。

◆今日の写真
くもりの合間に空が見える。
太陽光にさえぎられて宇宙の星は見えないが、
この向こうにはたくさんの星がきらめいているはずである。

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