現状を肯定する 疑問を感じる私たち自身を肯定する

私たちは矛盾した価値観を抱えながら日常を生きています。
そんな私たち自身の心を肯定する。
今の日本人の現状を肯定する。
そのことが私たちの人生の困難を乗り越える出発点であると感じています。

『現状を肯定する』とは、私自身の思想の根源的なテーマでもあります。
まさに高山思想の出発点でもあるのです。

現代日本社会の価値観とは、唯物論的な価値観が根底にあります。
現代科学文明の発達の中で、私たちは私たち自身を物質にすぎないと捉えています。
死ねば物質に変える、心は消失し、魂は存在しないと考えています。
その一方で、私たち日本人は正月になれば初詣として神社に行き、神に真剣に祈ります。
また、誰かが亡くなれば、仏教的な葬式を行い、死後の世界や仏となった死者の存在を考えたりもします。
明日はお彼岸ですが、墓参りを通して、亡くなった人の存在を身近に感じたりもします。
そんな多様な価値観の狭間の中で泳いでいるのが私たち日本人の現状でもあります。

その現状を肯定しようと思うのです。

私たちは往々にして、疑問を否定しがちです。
疑問を感じている自分自身を否定しがちです。
しかし大切なのは、疑問を感じている自分自身を肯定することなのです。
そこからすべてが始まるように感じています。
そこから新しい人生が始まるのです。

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新型コロナウイルスが流行する今、自分が心がけていること 不安におびえず今の自分ができることをする

新型コロナウイルスが猛威をふるっています。
日本そして世界が混迷を極め、不安に陥っています。
そんな今において、自分が心がけていることは、
「不安におびえることなく今の自分ができることをする」
ということです。

先月末に安倍首相が小中高校の臨時休校を日本全国に要請しました。
そのときの私の率直な思いとしては、3月いっぱいは仕方がないにしても、
4月になれば新型コロナウイルスも一段落して、
予定されていたイベントも行われるようになるのだろうと漠然と考えていました。
災害不運は誰にでもあることであり、
3月1か月間を耐えることはやむを得ないと考えていました。

そして今。
新型コロナウイルスは収束する気配が見えず、4月以降のイベントの予定にも影響が出始めています。
東京オリンピックの中止もささやかれるようになっています。
いよいよ新型コロナウイルスの災厄はより厳しさを増してきたように感じています。

こんな今の状況において心がけていることは、
今できる努力を重ねる
ということです。例えば私自身が考えていることは、
読書したり見られなかった映画や番組を観たり、ニュースを深く調べるなどして、
自分を高める努力を重ねていきたいと考えています。
そして、さらに深くおもしろく皆さんの人生の参考になるような動画を
作っていきたいと考えています。

また、交通事故や火事に気を付けるような普段の感覚で
新型コロナウイルスはもちろんとして、
風邪や病気の予防に気を付けていきたいと考えています。

今、家に閉じこもっていて体の衰えが進んでしまう不安を感じている高齢者の方や
臨時休校が続いてつまらなく耐えている子どもたちの話をニュースで聞き、
この今の状況に心を痛めています。
なんでもない普通の生活こそが一番の幸せであることをこういうときに感じます。
普段のなにげなく、そして不満をぶつけてしまうようなそんな生活こそが、
やはり私たちの喜びなのだということを感じます。
そんな今の日本の様子に注意を払いながら、
これからも思索を深めて深い思想を作っていきたいと思っています。

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混沌とした現代の不安の中で、希望を感じて生きる

現代日本社会に限らず、今、現代世界は混沌としています。
冷戦が崩壊してアメリカが生き残り、アメリカが世界をリードして新しい秩序が作られるのかと思えば、
アメリカといえども力に限界があり、欧米を中心とした秩序が作られているように見えて、
実際としては世界は混沌としているというが現実なのではないでしょうか。
群雄割拠と呼ばれるような状況かもしれませんが、
そのような不安定な状況の中で、私たち庶民の人生は揺れ動いているのが現実だと思います。
新型コロナウイルスの世界的な流行と世界の混乱ぶりは、
その現代地球社会の混迷ぶりを象徴しているようにも感じています。

このような世界の実情を見て思うことは国際協調の大切さです。
実は国際協調の機運はまだまだ熟してはいないのかもしれません。
新型コロナウイルスの流行はまちがいなく私たち世界のピンチですが、
このピンチの中で徐々に国際協調の機運が高まっていけばよいとも思うのですが、
私たちにはまだまだ努力と時間が必要であるのかもしれません。
しかし、最終目標は「世界の誰もが生きてゆける」ことであることは疑いがありません。

このような混沌とした現代世界そして現代日本の中で、
もっとも大事なことは希望を語ることではないかと思い、
今日は希望をテーマに語りました。
未来への道すじが見えれば、希望は確固たるものになりますが、
未来への道すじはなかなか見えないのが現実でもあるかもしれません。
今、私たちか抱くことができる希望はとても小さなものかもしれません。
それでもそんな小さな何かを抱いて今日を生きていくことが、
今大切であるように感じます。

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なぜ日本を語るのか この日本でこれからも生きていきたい

なぜ日本を語るのか。それは、これからもこの日本で生きていきたいから。

私は今まで何度となく動画で日本を語ってきましたが、
そもそもなぜ日本を語るのか、
今日はその日本を語りたい気持ちについて語りました。

生まれた土地で生きていきたい
そんな気持ちは誰にでもあるのではないでしょうか。
生まれた街で、育った街で、住み慣れた土地で生きていきたい。
そうであればこそ、この地域をどうしようかと真剣に悩むのではないでしょうか。

時に愛国心とかナショナリズムとか
そんな気持ちも、根源には「ここで生きていきたい」というところから生まれているように思います。
時としてネガティブに語られがちな概念ではありますが、
誰もがこの土地で生きていきたいと願っているのであって、
それがもしかしたら世界で起きる様々な紛争の根源的な感情の一つにもなっているかもしれませんが、
そんな素朴な想いをポシティブな方向につなげていければと思います。

この日本で生まれたという御縁
私はそんな御縁を大事にし、この日本で、この秋田で、生きていきたいと思います。
そうであればこそ、この日本を語りたくなるのです。
この日本がさらにより良く生きてゆける国になってほしい。
そして、この日本に住む誰もが生きてゆける地域になってほしい。
さらにそして、そんな日本が世界を支え、世界が生きてゆける。
そんなことを思い願うのです。

新型コロナウイルスが流行し、東京オリンピックの中止もささやかれる今、
あらためて原点に立ち返って、日本への気持ちを語ります。
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東日本大震災と人生 私たちはつねに人生を問われている

今日3月11日は東日本大震災の日です。
2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。
今日で9年となります。

被害に遭われた方はもちろんとして、直接の被害がなかったとしても、
東日本大震災が人生の転機になったという方は多いのではないかと思います。
私自身も直接の被害はありませんでしたが、
東日本大震災が人生の転機となりました。

私たちはつねに人生を問われています。
24時間365日、私たちは人生を問われています。
しかし、私たちはその問いに真正面から答えてはいないかもしれません。
あいまいにしたまま押しやっているのが現実かもしれません。
それはそれでいいのかもしれないし、
それでこそ人生も世の中も回っているのかもしれません。
しかし、東日本大震災のような大きな何かが起きたとき、
私たちはその問いから逃げられないように思います。
私たちは先延ばししてきたその問いの決算を迫られるのです。
私もまたそんな決算を迫られた人間のひとりでもありました。

そんな自分自身の体験を語りながら、
今日は東日本大震災と人生について語りたいと思います。

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